ストリートダンス史:最初に

 現在ではヒップホップという言葉を単に「ダンスのスタイル」や「ダンスを踊る=ヒップホップする」と捉えている人が圧倒的に多い。だが、ヒップホップとは本来カルチャーの総称であって、ダンスはその要素のひとつなのです。ダンスを表すのであればヒップホップ・ダンスと表現するのが適当であろう。
 ヒップホップ・ダンスは舞踏家によって研究開発されたものと言うより、仲間との連帯の中での自己表現・主張の形として発生している。基本基礎となるダンスムーヴをもとに拍子/ビートで踊るリズムダンスであり、他のジャンルのダンスよりも踊り手による表現の自由度が高いのが特徴だ。そして、ソウル・ミュージック(Soul Music)、ヒップホップ(Hip Hop)、アール・アンド・ビー(R&B)など、時代やリズムの変革と共に呼び名が変えられるアメリカ黒人発の音楽であるリズム&ブルース(Rhythm & Blues)と共存している。

まずはヒップホップの成立ちを簡略して記す。

ヒップホップ(Hip Hop)。
 俗語としてのヒップ(Hip)という言葉は50年代後期のアメリカ・ニューヨーク市ダウンタウンに住むボヘミアニズム (Bohemianism)の芸術家、作家たちの中で使われていた。ビート・ジェネレーションとも言われた新しい価値観や表現を探る人たちの間で、新しくて格好良いとの意味で使われていたのが「ヒップ」という表現。そんな生き様に長けた人を「ヒップ・スター」と呼んでいた。多くから好まれていた音楽がハードバップ(Hard-bop)やクール(Cool)というスタイルのモダンジャズ(Modern Jazz)で、その軽快感/グルーヴ(Groove)に身体を揺するようにしてダンスしていた。
 その後の60年代中期のアメリカで既成の体制を否定し脱社会へ価値観を求めたヒッピー(Hippie)思想が発生する。やはりボヘミアニズムに共通し、ヒッピーという言葉からはヒップからの変化型が感じとれる。このヒッピー・スタイルといわれた文化は世界中の若者に大きく影響を与え、とくにフォーク・ソング(Folk Song)、視聴覚を刺激するサイケデリック・ロック(Psychedelic Rock)、先進的/プログレッシブ・ロック(Progressive Rock)等の音楽による表現は大きな指示を得る。
 同じく60年代の中後期はアメリカ黒人にとって公民権運動や差別撤廃運動を背景にした黒人文化の主張の時代であり、黒人たちはサイケデリック要素にファンキー(Funky)なリズムを加えたサイケデリック・ソウル(Soul)でメッセージし、ダンスする。

 同じ頃、日本もこうした文化の影響を受ける。だが、その多くは芸術や音楽への影響で、ダンスへの関心はまだ特定少数。だが、70年代に入ってアメリカのテレビ番組『ソウルトレイン/Soul Train』が放送されて変化していく。